2015年2月14日土曜日

キューバの国交正常化に際して、マクドナルドとキューバコーヒー


キューバ、アメリカの国交正常化交渉に併せて、日本のメディアを賑わせています。

以前からの「光り輝く古き良きアメ車でマレコン海岸沿いをドライブ!」
といった極めて表面的なキューバ情報から

「市民の重要な足である、乗り合いタクシー(maquina:マキナ)のアメ車の内装は
錆びた鉄がむき出し。ガラスも割れてボロボロ」

少しだけ現実に近いキューバが報道されるようになり、なんだか嬉しい。

長く滞在すると、道を走っているmaquinaを一目見て「あの車はウチの近くを通る」
と判って来るのだが(笑)それだけ車体がエイジングされ、個性が出ているのです。


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 さて、「今後、国交正常化されれば、アメ車も消え、古き良きキューバが無くなってしまう。残念だ。」
ここまは理解できます。

しかし、更には 「このままのキューバでいてほしい」 との声が聞こえます。

何気ない一言ですが、私にはとても突き刺さる。

キューバを訪れ、あの国に魅了された人達が、一番残酷な事を言っている。

私にはこのままであってほしい、とは思えない。

 誇り高きキューバ人は、私達に力強い笑顔を振りまく裏で、
貧困や、現実の不条理さ、苦境の中で、日々戦っているのだから。


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去年、私は演奏する為に二度! 訪れました。
ここ数年間は、もう何度もキューバ、日本、そしてアメリカを行き来する生活が続いています。

 高校在学中に初めてキューバを訪れた時の「旅行」
アーティストとして招聘され、ホテルに滞在した「国賓待遇」
その後、実際に「住んでみる」と、まるで違う国に来たと感じます。

どれもがキューバの側面であり、その濃密な時間は、楽しくもあり、正直、辛くもあります。
それほどに、奥深い国なのです。

例えば、外国人が日本に1週間程度旅行しただけでは、
「キョート、ゲイシャ」「トーキョー、シブヤ」となり
リアルな日本を深く知ることは出来ないでしょう。

それがキューバの場合はもっと、もっと複雑なのです。

この国の2種類のお金、外国人用CUCと国民用MNのように、尺度は一つでは無いのです。




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日本は約150年の間、欧米の価値観を強いられ、自らも望み、欧米化を果たしました。

その結果、私達は、民主主義の旨味を享受しつつも、
しかし欧米の価値観が全てでは無い事も知っています。

そんな痛みを知る立場なのだから、自分達の価値観を
他国に押し付ける側に立つことは避けるべきですし、
更には日本人ならではの価値観をしっかりと持つべきではないでしょうか。


実際、キューバが長いと、私も日本人なので(笑)マクドナルドが恋しくなる。

勿論キューバには米国企業であるマックなど存在しないのだが、
ハバナから約1000キロ先のグァンタナモ米軍基地には唯一存在する、と噂を聞き
ビジターとして入れないか、などとバカな事を考えた事もある位です。

時にはスタバのモカフラペチーノが欲しくもなるし、家でネットやメールチェックが出来ないのは辛い。

しかし、キューバならでは、無農薬有機栽培の野菜、100%手作りのハンバーガーを食べ、
旧式の直火エスプレッソコーヒー「カフェクバーノ:cafe cubano」を飲む幸福がある。

日々のネット漬けから抜け、本当に自分にとって必要な事を見つめなおす機会を得られる。


南米でのロハスでエコな生活。


でも、この考えすらも、キューバと外の世界の両方を知る「上から目線の」
外国人の考えなのです。

彼らはそこにあるから、それを食べるだけであって
「どれ程貴重で掛け替えの無い、贅沢な食生活なのか」など実感するわけがもなく、
そもそも、それしか無い彼らにとっては、どうでも良い事なのです。


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国交正常化交渉は、アメリカ、キューバの利害交渉の最前線というだけではなく、
お互いの正義、価値観のせめぎ合いの場でもあります。

常識、価値観といったものは、フィルターを通され、限られた情報や教育の元に
導き出される為、各々にそれぞれの価値観が存在し、一つの正しい答えなど、存在しないのです。
その結果、国家間の争いは起こる一方で、世界の文化は多様で美しいのです。

正解があるのだとすれば、それは「他国民が不利益を被らない範囲で、
自分達が幸せと思える社会です。」そんな国は地球上で数える程でしょう。

「キューバには永遠にアメ車を走らせ、マクドナルドは建てるな」
という言葉は、私にとってはとてもキツく、横暴に感じる。

「日本はずっと鎖国していればよかったんだよ」とも思わないし、
「欧米流が全て正しい」とも思えないから。

想像してください。
我々が他国からそう言われることを。


結論としては、私を含めた部外者は、キューバ人の選択を見守るしかないのです。


「かつての我が家を奪われた」キューバ系アメリカ人にとっても、
「いくら努力をしても報われるのは運まかせ」なキューバ人にとっても、
50年来のこの状態は、キューバにとってもアメリカにとっても、
悲劇であることは事実です。

キューバは、私達が失ってしまった物が沢山残っているし、独自の文化が栄えている。
まだキューバを訪れていない方には、勿論「今の」キューバを感じてほしい。

しかし、日本人の来訪者として「異国にお邪魔する」スタンスを持ち続けて
ひっそりと異国を訪れて、いろいろ考えて頂きたい。

是非、暖かく、見守りましょう。

そして、助けを求められた時には、日本流の価値観で、手を差し伸べれば良いのです。

アーティストである私が、このようなオピニオンを発したのも、私なりの見守り方です。

例え、国交正常化の結果として、私達が大好きなキューバの音楽の質が低下しようとも、
キューバ人の人懐っこい優しさが無くなろうとも、
彼らが努力の分だけ、幸せを享受できる国だけをただ、ただ、願わずにはいられません。


文化は常に政治の先を歩みます。

少なくとも、キューバ革命によってニューヨークにはサルサが生まれ、
全世界のラテンミュージックシーンを多様化させた事は紛れもない事実です。

いつか、この50年間が糧となるような未来が来る事を、信じます。


現地の友人たちは、我々以上に冷静に、ニュースを見つめています。

そう、キューバ人達は強い。「彼らはこんな事で自分を見失ったりはしない、」と私は信じる。



国内のキューバ人、アメリカ在住、そして全世界にいる全てのキューバ人に敬意を表して
SiNGO (14/Feb/2015)